電子的診療情報交換のための実用的な病名概念マスターの在り方

○大江和彦1)

東大病院中央医療情報部1)

Requirements of Practical Standard of Disease Concepts for Electronic Information Exchanging

Ohe, Kazuhiko 1)

Hospital Computer Center, University of Tokyo Hospital 1)

Abstract: Disease name is a classified label of a patient's health condition and it would be impossible to construct a standard master of disease names without defining the purpose of the classification. In japan, there is no useful standard master of disease names for exchanging clinical information, although much efforts have been made through various projects. As we are facing to the new era of computerized patient record, we have to construct a new standard master of disease names that can be practically used in clinical settings. The requirements of the master are that 1) each entry should represent one particular disease concept, 2) each entry should have both a code for exchanging the information of the concept and a standard presentation form, 3) each entry should include the auxiliary information to augment easy registration of a disease name to computeruized patient record system, 4) the rule of creating a new disease name by adding modifier-terms should be explicitly described, 5) the method to maintain the master should be disclosed, 6) the method to exchange a disease status of patient using the master should be defined, 7) relational information with other international standard like ICD-10 should be included.

Keywords: clinical information exchange, Standard Disease Names, Thesaurus, Code Set, Electronic Patient Record


1. はじめに

病名は、患者の健康や疾病に関する状態(ここでは病態と呼ぶ。臨床医学で普通に使う病態という用語よりもより広い概念を表している)を医学的観点から分類し名前をつけたものである。病名は、治療方針決定、診断計画立案、予後推定、臨床研究、看護計画立案、保健統計、保険請求など医療に関係するさまざまな目的で常に必要とされる最も重要な分類である。診断すなわち患者に病名をつける行為とは、患者の複雑な病態を数百から数万程度ある分類のうちの1個ないし数個程度のごく少数個の分類に絞り込む作業である。診察や検査は分類を絞り込むために必要な情報を収集する行為である。そして治療はその絞り込まれた分類に応じて実施される。このように診療においては、その絞り込まれた分類に応じて診療が行われていくので、臨床上の病名分類は診療上の差異(治療方針の違いや予後の違いなど)を明らかにできなければ意味がない。新しい治療方法や診断方法が開発されたり、その疾患の症状の違いによって予後の差異が明らかになるなどの新しい知見が得られると病名分類はそれによって細分化され再構成される。また、これまで微妙な症状の違いによって細分類されていた疾患が本質的には同一で診療上何ら差がないということが分かれば、その細分類は併合される。
一方、死亡原因を分類し国の保健医療施策を立案するためには、患者個人の治療方針に影響を与えるような因子による分類よりも、保健医療施策の違いによって死亡数や国民医療費に影響を与えるような因子による分類を重視する必要があり、国際疾病分類ICDはこれまでそのような観点を重視して作られてきた。診療上は治療方針が異なる2つの病態であっても保健医療施策上は差がないのであれば2つに分類する必要はない。
このように、患者の病態を分類する体系は、何のために患者の病態を分類するかという目的によって異なってくる。これを忘れて病名マスターを構築することはできない。これからの電子的診療情報交換のための実用的な病名マスター(以下、実用的病名マスター)を構築するとき、そのマスターに採択された病名すなわち患者の病態分類が、何に使われるか、あるいは何に使えるかを明確にし、何に使えないか、何に使わないかを明確にする必要がある。本論文では、実用的な病名マスターを構築するにあたって、病名は患者病態の分類であるという点、分類である以上は分類の利用目的を明確にしなければ適切な分類体系を構築できないという点、そして分類であるがゆえに分類の細分化の度合い(分類の粒度という)を設定しなければならないという点、の3点が重要であるということを最も強調しておいた上で、実用的病名マスターに必要な条件を検討し、あるべき構築作業の過程を考える。

2. 実用的病名マスターの利用目的

必要とされる実用的病名マスターの第一の利用目的は、患者を直接診療する専門医同士がその分類名を伝えられることにより患者の病態に対する把握を共有でき、その病態を特徴づける主要な所見について想起でき、その患者に対して一方の専門家がとる診療計画を他方の専門家も理解(容認)できることである。簡単に言えば、診療上必要な患者の病態を端的に伝えることができることである。電子的に蓄積された患者の病名情報が種々の研究や分析の目的で統計または検索処理されることを想定した二次的利用は重要であるが、その研究や分析の目的を事前に明確に特定できないので、これを「第一の目的」として実用的病名マスターを設計すべきではないと考える。これまでの多くの病名集がこの点を曖昧にしてきたために、結果として臨床にも研究にも使いにくい病名マスターとなっていたことは否めない。

3. 分類の粒度と網羅性

分類の粒度が粗いと専門医同士が患者の病態に対する把握を共有できない。分類の粒度が細かすぎると近接する分類同士に差異があるのか否かが専門医同士でも明確でなくなる。そこで適切な粒度を採択することが必要であるが、患者の病態を自然言語で表現する以上、修飾表現を付与していくことによりいくらでも分類の粒度を細かくしていくことが可能である。日本語の性質上、分類名称すなわち病名とみなされる表現は、助詞を伴う形容詞句表現を2個以上含むことは慣習的に避けられることが多く、複合語として構成されることが一般的である。複合語を構成する修飾語の数も、例えば慢性骨髄性白血病、特発性血小板減少性紫斑病、IIc型早期噴門癌、左第2指PIP関節部陳旧性剥離骨折などのように2ないし5個までがほとんどである。従って、複合語を構成する修飾語の数が5個以内のもので近接する分類同士の概念がほぼ排他的に区別できるレベルを分類の粒度とすれば、それよりも更に修飾語をつけて病態を表現しなければならないケースは殆どないと考えられる。しかし、例えば白血病に対して慢性と急性、骨髄性とリンパ性と前骨髄性の3通りが仮にすべて接続可能であるとすれば、白血病、慢性白血病、急性白血病、骨髄性白血病、リンパ性白血病、前骨髄性白血病、慢性骨髄性白血病、慢性リンパ性白血病、慢性前骨髄性白血病、急性骨髄性白血病、急性リンパ性白血病、急性前骨髄性白血病、の12通りが可能であり、このうち実際に病態概念としてあり得るものだけに集約するという作業が必要になるが、その判断は困難ばことが多い。そこで確実に存在する病態名だけを採録し、それ以外の病態は必要に応じて修飾語を適宜つけるという「造語を認める」という方針をとることが考えられる。この解決方法の危険性はありえない病態表現を自由に生成しうる点であり、専門家に情報が正しく伝えられない点である。しかし、自然言語による病態表現である以上、あり得る病態を網羅したマスターを構築することは不可能であるから、このような造語による柔軟性を残しておくことは、実用に耐えるマスターを構築するという意味では不可欠である。

4. 実用的病名マスターの要件

4.1 マスターにおけるエントリーの在り方

マスターのエントリーは、ひとつの病名概念とすることが必要で、同一概念を表現する同義語は1エントリーに集約する必要がある。1エントリーは1病名概念であり、それを表す見出し表記に相当するものは、いわゆるリードタームと呼ばれるもので、人間が情報交換する場合に用いられる表記であるから、概念情報交換用表記として位置づける。慣用的にいくつかの表記が同じ概念に対して用いられることがあるので(例:感冒とかぜ)、一方を概念情報交換用表記とし、それ以外は互換表記として取扱う。

4.2 含むべき病名概念と修飾語の在り方

4.2.1 診療の場で使われる病名概念が含まれること

診療情報の電子化が進み、電子化された診療情報が蓄積され利用されていくためには、日常診療で使われる病名概念が表現できなくては意味がない。なぜなら診療の場で使えないからである。ICD10は先に述べたように臨床分類ではないので、診療の場で診断計画や治療計画に影響を与える重要な異なる概念が同一分類に入ったりしており、そのままでは使い物にならない。

4.2.2 包括的な病態概念を含むこと

患者の病態分類は、十分な情報が取得できて初めて詳細な分類に絞り込むことができるが、診断の過程はその途上であるから十分な情報がない状態での分類を余儀なくされることがほとんである。患者が上腹部痛を訴えており上腹部に腫瘤を触知する場合、疑わしい診断名は胃癌、膵臓癌、その他いくつもあるが、患者の病態としてこの段階で最も適当な表現は「(上腹部痛を伴う)上腹部腫瘤」であろう(より正確には上腹部腫瘤触知)。また、腫瘍マーカ検査でCEAだけが上昇しておりこれから更に精査を行なおうとする場合にも、疑わしい診断名は膵臓癌、大腸癌などいくつもあるが「CEA上昇」という表現がこの段階で最も適当であろう。すなわち、患者の病態を表す客観的な表現と、医師が疑っている診断とは区別して記録したいケースは多く、臨床の記録上も両者は区別して記録されるべきである。従って、いわゆる診断名だけでなく、包括的な病態概念も患者病態分類として必要である。

4.2.3 原則として修飾語の付加を必要としないこと

左・右、上・下、内側・外側など、「部位を修飾する語」に相当するような限られた修飾語を除き、原則として修飾語を追加せずに病態が表現できるような準網羅性を確保すること。排他性のある修飾語(急性と慢性など)について一方を付加したものだけが採択されている場合には、もう一方を付加した概念は臨床上考えにくいことを暗黙的に示すことが可能なようにすること。

4.2.4 修飾語セット

前項に関わらず、病名マスターの柔軟性を高めるため、修飾語のセットを有すること。

4.3 コードの在り方と既存の分類体系との関係

電子的な情報交換を容易にするため、1バイト系英数字だけからなる概念情報交換用コードを1エントリーに対して1個割り当てる。このコードの構造は意味を持たないものとする。すなわちコードからどのような分類に所属する概念であるかを判定することはできない。一方、既存の標準的な分類体系コードとの対応をとるため、少なくともICD10については対応するICD10コードを0個以上割り当て、その割り当て精度(表現忠実度)を付与する。

4.4 利用のための補助的情報の在り方

4.4.1 包括的な病態概念と診断名との階層関係

上腹部腫瘤→胃腫瘍→胃がん→幽門癌、といった階層性は、臨床診断の過程で情報が増えるに従って分類が絞り込まれている。このような診断過程における分類特定の度合いの進み方を示す関連性情報は、ある病態をある分類名で表現しようとしたときにそれがその時点でもっとも適切なレベル(特定の度合い)の表現かどうかを判断する補助情報となり得る。ただし、この情報はいわゆる病名概念のシソーラスにおける意味上の上下関係とは異なる種類のものであることに留意が必要である。なぜなら上記の例では一見、概念の上下関係のように見えるが、CEA上昇→大腸癌のような関係は単純に概念の上下関係とみなすことはできない。実はその視点で改めて見れば、前記の例でも上腹部腫瘤→胃腫瘍の関係は概念の上下関係とは言い切れない。従って、この階層関係づけは利用上必要ではあるが、網羅性の点で不十分なものとなることは前提としなければならない。

4.4.2 臨床的分類体系情報

メニューから病名を選ぶ場合に、個々の病名は臨床的な階層体系のもとに割り当てられている必要がある。臨床的な階層体系は、すくなくとも主要な診療科別に用意することが必要であるが、診療科体系さえもただひとつの体系で合意できるものではないし、脳神経外科といった比較的異論の出ないと思われる診療科分類の中でも、病名の体系をどのように整理することとが利用上便利かについては合意できるものではない。そこで、あくまで臨床医がメニューから検索するひとつの方法(一例)を提供するという考え方で、臨床用メニュー構築用情報が用意されるべきである。

4.4.3 用語検索用情報

特定の病名を探し出すための検索用キーワード群が各エントリーに必要である。英語、略語、誤字を含む表記、部分文字列、人名の読み方の違い、異字体表記、部分かな文字列(例:胆嚢と胆のう)などからも検索可能である必要がある。

4.5 概念情報交換用正規化処理のための情報

マスターのエントリーとして急性リンパ性白血病とリンパ性白血病がそれぞれ存在していたとして、修飾語セット中に急性という用語が存在していたとすると、急性リンパ性白血病という病態は、急性リンパ性白血病というひとつのエントリーだけによって表現できると同時に、リンパ性白血病というエントリーと急性という修飾語の組み合わせによっても表現できる。両者が同一の病態であるとして情報交換されるためには、後者の表現は、前者のエントリーに変換される必要があり、複合語の構成する要素の順序の差異を吸収できる必要もある。そこで、急性リンパ性白血病というエントリーには、修飾語と他のエントリーとの組み合わせによっても表現可能であることを示す情報を付与しておく必要がある。

4.6 実際の構築作業

4.6.1 ICD10準拠標準病名集の見直し

第一段階の作業として、財団法人医療情報システム開発センター(MEDISキDC)のICD10準拠標準病名集V1の全用語を以下の20ブロックに分割し、順に、同義語と思われる用語、不適切な表記用語、疑問のあるICDコードなどを洗い出す作業を実施した。作業は、MEDISキDCに設置された病名・用語等コード普及検討委員会の作業班において、個々の語について各種医学辞典・辞書を用いてチェックし、疑義のある用語リストを作成後、そのリストの用語を一語ずつ確認し、必要あれば診療科の専門医および病理医に疑問点を問い合わせるという方法で行なった。
この第一段階作業で全28803語中18764語を処理した段階での途中結果は、追加語:414、ICD削除:34、ICD変更:81、同義語処理:3521、実質見出し数:15135となっている。


4.6.2 概念情報交換用コードと交換方法

採択されたすべての概念にはIOZを除く23の英大文字と10個の数字の合計33文字セットを使用した4桁コード(但し1文字目は英文字)を割り当てる。修飾語には1文字目を数字とした同じく4桁コードを採用する。これにより病名概念は最大826,551概念、修飾語は359,370個をカバーすることができる。ある患者状態を表す概念は、病名概念コード1個と通常は0個からおおむね5個程度の修飾語の連結により表現されると予想される。
病名情報を交換するには、
  ・概念情報交換用コードの組み合わせ
  ・概念情報交換用表記の組み合わせ
  ・ICDキ10分類コード
  ・入力された元の表記文字列
の4つをセットとして同時に交換する。
通信回線上で連続するバイトストリームとして表現する必要がある場合には、コードは組み合わせ時に+記号で連結し、上記4つの情報はカンマで連結するものとする。たとえば、入力した病名が早期幽門癌の場合、採択された病名概念=幽門部胃癌(コード=A123)、修飾語=早期(コード=8765)とすると、"A123+8765,幽門部胃癌+早期,C164,早期幽門癌"となる。
このような方法をとると、仮に修飾語セットにIIc型という修飾語がない場合に医師がIIc型早期幽門癌と入力した場合には、"A123+8765,幽門部胃癌+早期,C164,IIc型早期幽門癌"というように最悪でも医師の入力した文字列は正確に伝えることができる。
また前項での例のように、入力時には「ウイルス性 急性肝炎」と入力し、情報交換時には「急性ウイルス性肝炎」と正規化されて相手に送信された場合でも、元の入力時文字列「ウイルス性 急性肝炎」はそのまま伝わるので、微妙なニュアンスを変化させずに伝えることが出来る。

4.6.3 対応するICDコード割り当て時の課題

病名概念のエントリーに対して対応するICD10コードを在り当てておくことは重要である。しかし、エントリーには包括的な病態概念も含まれるため、詳細な情報が不足しているという理由で特定のICDコードを割り当てられない用語がある。例えば、「高ビリルビン血症」を成人の検査異常所見ととればR798となるが、新生児黄疸ととればP599となる。「頭蓋内異物」では原因が医療遺残物であるか外傷性の異物かでコードが異なる。
また、ICD10の分類における概念と日本での通例概念が異なるために分類が困難となるものがある。例えば、我が国では腸閉塞を慣習からイレウスと呼んでいるが、アメリカでは機能的腸閉塞(とくに腸管麻痺)をさす言葉(出典:南山堂医学大辞典)であるとされている。ICD10ではイレウスと腸閉塞を区別しているので異なる3桁目がついているが、日本での臨床慣習では明瞭に区別することは実態に合わない。
さらに、臨床上での慣用される意味とICDでの意味が異なるケースもある。ICDでは頭部=顔面+頭皮+その他の部位(耳など) とされているので、頭部擦過傷という用語は、「S009:頭部の表在損傷,部位不明」に属する。しかし、臨床現場で通常「頭部擦過傷」と診断名をつける場合には、(顔面や耳の擦過傷の場合に頭部擦過傷とはつけず)、ほとんどの場合に頭皮部分の擦過傷に対してつける診断名である。従って、頭部擦過傷=「S000:頭皮の表在損傷」とするほうが実態により近いと考えられる。
このような事情から、各エントリーには、ICD10コードの割り当て精度情報(1:特定、2:疑義あるが特定した、3:付加情報があれば複数候補から特定可能、など)を付与する必要があると考えられた。

5. おわりに

病名はその分類ごとにつけられた名称である。利用目的によって分類体系や分類名が異なるのは当然であり、ひとつの分類体系ですべての目的をカバーすることは不可能である。看護計画立案には例えばNANDA分類、保健統計にはICD10分類、包括的支払制度のもとではDRGなどがそれぞれ利用可能な分類として挙げられている。ところが治療方針決定、診断計画立案、予後推定、臨床研究などに用いることのできる臨床上の分類には標準的なものが存在しないことが、診療の情報化に非常に大きな問題となっている。この問題は一朝一夕には解決できないことは、多くの努力が長年にわたり国内外でなされてきたにもかかわらず解決していないことから明らかであるが、この10年の種々の成果物の達成点と未解決問題を明らかにし、あるべき病名マスターを構築していく必要がある。診療情報の電子化時代を迎えて実用になる病名マスターとは、1)ひとつの病名概念を1エントリーとすること、2)各エントリーに概念情報交換用コードと概念情報交換用表記を割り当てること、3)病名を入力するシステムで必要となる補助情報を備えること、4)修飾語を付加する規則を明確にすること、5)メインテナンス体制を明確にすること、6)情報交換方法を明確にすること、7)ICD10コードなど他の標準コードと対応がとれること、などではないだろうか。このパネルでは、このような次世代病名概念マスターの在り方について議論を深めたい。